シロクマにかかればワンパンよ。

毎日をちょこっとだけ豊かにする情報を発信していきます

【もうすぐバレンタイン】ベルギーチョコはなぜ有名なのか?

先日、会社のお局がベルギーに行ったとかで、

自慢ついでにベルギーチョコを配り歩いていた。

「私チョコレートも美味しいものも大好きやし、

 ベルギーはホンマに性に合うわぁ💖」

と、のたまう局に、素朴な疑問をぶつけてみた。

「そういえばベルギーチョコって

 なんで有名なんですか?

 フランスでもオーストリアでもスイスでも

 チョコレートが好まれて製造も盛んなのに、

 チョコ=ベルギーですよね?なんで?」

黙り込む局。自慢はしたいが知識はゼロ。

それ以上つつくと逆ギレしてウザいので、

自分で調べてみた。

 

現在のカカオ生産量No.1はどこ?

そもそも、現在のカカオ生産量No.1国は

コートジボワール、西アフリカの国だ。

FAO(国際連合食糧農業機関)の調査によると、

2016年時点でコートジボワールのカカオ生産量は

年間147万トン。

2位のガーナ(同じく西アフリカ)は85万トン。

かなり大きな差をつけてのトップとなる。

カカオ生産が盛んなアフリカの国と、

チョコレート製造が盛んなヨーロッパの国。

この二つの事実から最初に閃くのは、

さてはコートジボワールが昔

 ベルギーの植民地だったのか?

ということだが、残念ながら不正解。

コートジボワールはフランス領だった。

ちなみに2位のガーナはイギリス領

とはいえ、ベルギーもアフリカに植民地を

持っている時代があった。コンゴだ。

しかし、このコンゴ、残念ながらカカオ生産は

トップ10にも入っていない。

では、なぜ、どこからベルギーが出てきたのか?

カカオの歴史

現在でこそアフリカを中心に生産されてはいるが、

実はカカオの起源は南米だ。

紀元前から、高貴な身分の間で

薬として重宝されてきた。

カカオが最初に南米を出たのが、1502年。

かの有名なコロンブスが、

航海の途中にカカオの種を手に入れて、

スペインに持ち帰った。

これにより、まずカカオがヨーロッパへ渡る。

そう考えると、コロンブスの功績は大きいですね。

しかし残念なことに、持ち帰ったはいいが、

「それで、コレどうやって食べるの?」

「知らね。とりあえず持って帰っただけ!」

という状態のまま、十年以上放置。

利用法がわかったのは1519年、

コルテスが南米に渡ってからのことだった。

南米人を虐殺しまくったこの畜生野郎は、

カカオを砕いて砂糖や香辛料と一緒に飲む

という利用法をスペインに持ち帰る。

これを機に、スペインでチョコレートが流行し、

やがてカリブ海にある植民地で

カカオの栽培が開始された。

さらに1615年、フランスのルイ13世

スペインのアンヌ・ドートリッシュの結婚を機に

スペインからフランスへチョコレートが渡る。

おフランスでもチョコレートはやはり大流行

早速カリブ海の植民地でカカオを栽培開始した。

そんな感じでジワジワとヨーロッパ内で

チョコレートブームが広がってゆき、

それと同時にカカオ栽培が盛んになっていった

しかし、19世紀半ば、

中南米プランテーションで大規模な病害が起こり

カカオの生産量は激減した。

何かいい方法はないか?

そうだ、気候の近い西アフリカなら

同じようにカカオできるんじゃね?

というわけで、生産の舞台はアフリカへ

今現在、アフリカでカカオ生産が続けられている。

カカオの歴史は、殺戮と奴隷制下敷きにしている

ということですね。

ベルギーの歴史

一方でベルギーというのはどういう国なのか?

実はこの国、建国は1830年で、比較的若い国。

起源は「ネーデルラント17州」と呼ばれる地域で、

スペイン・ハプスブルク家の統治下にあった。

(なんだか世界史の授業を思い出しますね^^;)

1648年、北側にあったオランダが独立し、

1795年にフランス革命戦争でフランス領にされ、

1814年にネーデルラント連合王国となり、

1830年ベルギー独立革命によって独立。

 

かけ足ですが、こんな経緯を辿って

現在のベルギーがあるわけです。

要は、スペイン・ドイツ・オランダ・フランス

というヨーロッパの大国の影響を受けながら

発展してきた国というわけです。

ベルギーにおけるチョコレートの歴史

最初にスペインでチョコレートが大流行。

ということは、当然その支配下にあったベルギーも

この段階でチョコレートを知ったのだろう。

ベルギーで最初にチョコが売られたのは

1635年、ブリュッセル修道院だと言われている。

当時は薬剤師が飲み薬として売っていた

やがて、それを成型したものができあがる。

それを改良したのが、現在ベルギーチョコの

老舗店として有名なノイハウス

(残念ながら日本では買えない!)

苦い薬を少しでも飲みやすくするため

チョコレートで薬を包んだものを発売。

これを更に改良したのが、3代目。

薬の代わりにナッツペーストを包んだ、

プラリネ」というお菓子を作り出した。

ゴディバとかによくある、ツヤツヤのチョコを

かじると中からトロッと何か出てくる、アレです。

さらに1915年、ノイハウス当主の嫁さんが、

プラリネ専用の綺麗な箱を作って、

リボンをかけて売り始めた(「バタロン」という)。

これにより、チョコレートが贈り物として

広く買われるようになっていった。

さらに大きな発明は1925年。

やはりベルギーチョコ老舗店で有名なカレボーが、


カレボー ルビーチョコレートRB1 1.5kg

チョコを液体で運ぶ技術を開発した。

これにより、チョコレートを商品化するまでの

カカオをどうこうする手間が大きく簡略化され、

ベルギー中でチョコレートが大流行した。

とどめは1952年。

これまた有名なベルギーチョコ老舗店コートドール


コートドール タブレット・ノアーデノアー 150g

チョコレートペーストを商品化

高級菓子としてだけではなく、

パンに塗るなどチョコの汎用性を拡大。

そしてこれを1952年ブリュッセル万博で発表

これを機に、世界中で「チョコ=ベルギー」

という認識が広まることとなった。

チョコレートへのこだわり

世界のチョコレート大国へと躍り出た後も、

(もしくは、躍り出たからこそ、かな??)

ベルギーのチョコに対するこだわりと研鑽は

生半可なものではない。

まず「チョコレート」の基準が厳しく、

カカオバター100%のものでないと

チョコレートを名乗ってはならない。

フランスですら、カカオバター以外の油分が

5%未満であればチョコと認められるのに。

ちなみに日本では、カカオバター18%以上でOK。

そりゃあヨーロッパのチョコが売れるはずだわ。

他にも、滑らかな舌触りにするために

カカオの粉をより細かく砕くよう規定する、

ベルギー国内で作られたものでないと

ベルギーチョコと名乗ってはいけない、

といった規定が細かく定められている。

さらには、製造されたチョコレートの6割を

輸出に回すなど、プロモーションも完璧。

とにかく半端ないこだわりと戦略によって

「ベルギー=チョコレート」のイメージを

守り通しているのだ。

まとめ

まベルギーチョコが有名な理由をまとめると、

1.スペインの影響で世界でもいち早く

  チョコレートが出回ることになり、

2.その長い歴史の中で職人が努力して

  チョコレートにとって重大な発明を重ね、

3.万博を機に世界中にそれを知らしめ、

4.徹底的なこだわりで品質維持に努め、

5.ベルギー=チョコレートというイメージ戦略も

  怠らることなく続けている。

ということですね。

ベルギーチョコを口にする際には、

殺戮と奴隷制、ベルギー政府の揺るぎない努力を

意識しながら食されてみてはいかがでしょうか。

ほろ苦さが良いスパイスとなるでしょう。

 

バレンタイン特集